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お正月なので今後の身の振り方を妄想してみる。

著者:高木信尚
公開日:2019/01/02
最終更新日:2019/01/02
カテゴリー:雑記

明けましておめでとうございます。高木です。

タイトルの通りなのですが、今回は今後の自分の身の振り方についていろいろ妄想してみたいと思います。
あくまでも妄想なので、実現性についてはとりあえず横に置いておきます。

今後のことを考えるにあたって、まずは現状の分析から入らなければなりません。
今回の妄想はあくまでも私個人についてのもので、クローバーフィールドについてのものではありません。
よって、これから行う現状分析もクローバーフィールドについてではなく、私個人に関するモノです。

まず、私は大学卒業後は基本的には技術者として歩んできました。
途中横道にそれることもありましたが、大筋は技術者ということでよいかと思います。
出身が電子工学科なので、まあ普通に行けばそうなると思います。

若いころはいろいろやりたいこともあったんです。
たとえば、絵を描くのが好きだったので、そっち方面も検討しましたが、色覚が絶望的にダメだったので断念しました。
高校時代は化学が好きだったので、そっち方面も検討しましたが、やはり色覚は必要だろうということで断念しました。

大学は電子工学科に進み、就職活動にあたり研究室の教授にも相談しましたが、「色覚はまったく問題ない」とのことでした。
とはいえ、現実はそう甘いものではなく、抵抗のカラーコードがほとんど判別できない状態では仕事になりません。
その結果、就職後に電子回路で身を立てるのは断念し、最後に残されたソフトウェアに自分の居場所を見いだしたのです。

ソフトウェアに関わったといっても、最初の会社では開発をやっていたわけではなく、割と何でも屋に近かったと思います。
その会社では貴重な経験をさせてもらったと感謝しています。
実際に開発に関わり始めたのは31歳からだったと思います。
開発職という意味では、私も実務未経験のアラサーからの挑戦だったことになります。

それからかれこれ20年ぐらいやっていますが、そのうちの大部分は小規模案件の請負で回していたので、開発手法などは世間からずれてしまったのでしょうね。
また、その間、自分で営業活動もしつつ、(馬詰がやってくれるようになるまでは)事務もしつつ、といった感じでフラフラしていました。

もともと自分の技術は大したことがないですし、経験年数や年齢に見合うほどの実力もありません。
かといって経営はできるかといえばそんなこともなく、素人経営を続けています。
営業にいたってはそれ以上に素人です。

といった現状を踏まえて、今後のことを妄想してみたいと思います。

自分の技術が大したことがないのはわかっているので、早めにそっち方面からは引退して若手にまかせたいですね。
ボンクラ営業マンのように採用に力を入れて、採用した未経験者をそれなりに指導するだけの立場とかがよさそうです。

若手を育てないといけないのは技術だけではありません。
営業や事務も育てなければなりません。
現在の経営陣の後継者も育てなければなりません。

妄想とはいっても、やるべきことなのは間違いありません。
もっとも実現が困難そうなのは、私が技術の一線から退くことでしょう。
なかなか状況がそれを許してくれません。
だからこそ妄想するしかないのです。

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