金目当ての女、金で釣る男
高木です。おはようございます。
以前にも書いたことがあるかもしれませんが、私は普段から婚活関係の情報にはそれなりにアンテナを張っています。
私には現在妻子がいますし、娘もまだ未成年なので婚活をどうこういう年齢ではありません。
では、なぜ婚活にアンテナを張っているかというと、採用活動や求職活動との共通点が多いからです。
私の立場からすれば採用活動が本命です。
しかし、物事を客観的にとらえるには、今まさに関わっている採用活動ではなく、中立的な立場である婚活をモデルとして分析するほうがメリットがあることも多いのです。
それに、昨日書いたように、採用活動のことだと書きたくても書けないことが多いですからね。
婚活であれば、直接の利害関係がないため、三者視点で書くことができるというものです。
そんな私が婚活の状況を見て思うのは、やはり条件面ばかり気にする男女が多いということです。
これは昨日今日に始まったことではなく、昔から程度の差はあってもずっと続いていることではあります。
とにかく男性のお金が目当ての女性が多いのが目立ちます。
結婚することで自分にとってどんなメリットがあるかばかりを気にするようです。
とくに経済面は生活に直結することもあり、シビアな見方をする女性が多いようです。
いい歳して300万円にも満たないような年収しかない男性はどうかと思いますが、やたらと年収ばかり気にしすぎるのも問題です。
一方で、男性は女性の年齢をとくに気にするようです。
まあ、これもわからないわけではないのですが、自分の年齢±5歳ぐらいを対象にしていればいいものを、40歳を過ぎてもなお20代の女性を求める人が多いのは痛々しいというほかありません。
それともうひとつ、女性が男性のお金を目当てにするのに対して、お金で女性を釣ろうとする男性がいることも忘れてはなりません。
年収が何百万円ぐらいになれば、結婚相手が見つかりやすくなるだろうとか、そういう発想ですね。
確かに年収は高いほうがいいのでしょうが、お金目当ての女性が釣れて、それで何かうれしいのでしょうか?
先日、馬詰とも話していたのですが、そういう男女を見ていると、客観的なメリットは何もないのに不倫にはまっている人たちのほうがまだ純粋というものです。
お金目当てで結婚しようとする女性も、お金で女性を釣ろうとする男性も、ひと言でいえば「貧乏くさい」のです。
(仏教でいう)餓鬼の一種に「多財餓鬼」というのがありますが、食べ物や財産がいくらあっても満足できない人は餓鬼のように貧乏くさいのです。
貧乏くさい人と関わると、自分にまで貧乏くささがうつってしまいます。
いや、貧乏くさいものどうしが引き寄せあうのだから、うつるとかではなく、元々どちらも貧乏くさいのかもしれませんね。
貧乏くさい人というのはどこにでもいるもので、馬詰の小説『君のブログに恋をして』にもそんな人物が登場しています。
結婚相手に幸せにして「もらう」ことばかり考えるのではなく、結婚相手やその家族を幸せにして「あげる」ことに自らの幸福を見出せるようになるのが一番だと私は思うのですが、当事者はそんな風には考えないのでしょうかねえ。
そうした教訓をいかしつつ、今後の採用活動に取り組みたいものです。